ニュース観察

日々のニュースにツッコミを入れる

静岡県沼津市のコンビニ・レジ袋が「超有能」…っておかしくないか?

こんな話題が出ているのだが

www.buzzfeed.com

全く意味が分からない。

 

コンビニやスーパーの袋で出して良いのは東京も同じだ。半透明であれば良いというルールになってる。その点、沼津市と何も変わりはない。

しかし東京の方が(ある意味)優れているのは、沼津市と違い「特に許認可を必要としない」ということだ。

 

レジ袋を「沼津市指定」にするためには、袋を配る業者が市に届け出をして「認定番号」をもらう必要があるそうです。指定のためには、袋が半透明のポリエチレン製で、大きさが45リットル以下、さらに緑色で「沼津市指定袋」と書かれていることなどが条件だそう。

 

上記が沼津市のシステムだが、まず、たかがゴミ袋に「沼津市指定袋」と印刷するコストがかかる点で東京より劣る。

次に『市に届け出をして「認定番号」をもらう』ということは、それを担当する公務員なり外郭団体なりが必要になるということだ。まさに行政が「仕事のための仕事」を無駄に作り出している典型例だ。

 

もちろん、東京の場合は「レジ袋を全てゴミ袋仕様に統一してしまった」ということなのだろうから、それはそれで無駄になる部分もある(ゴミ袋として使用しない袋まで、原材料組成などの面でゴミ袋クオリティーが必要になる)のかもしれない。

ただ、ゴミの「外装袋」として出さない袋は、どうせ「ゴミ袋の中身」として出すことになるわけで、そう考えると、袋の原材料が統一されていることは良いことでもあるのだろう。

 

ともあれ問題なのは「超優秀」とのニュースを、無批判・無思慮に信じる姿勢である。もう少し、自分の頭で考えた方が良いのではないか…

「ミサイル発射は安倍首相のせい」の産経新聞の見出しは特に不正確ではない

Yahooのトップを開くと、こんな記事が目に入る。

news.yahoo.co.jp

要約すれば、

産経新聞が「金子勝・慶応大教授が『ミサイル発射は安倍首相のせい』 ツイッターに投稿」と見出しをつけた記事を配信した。しかし、金子氏のツイッターを確認したところ、「安倍首相のせい」という文言は見当たらなかった。著しく不正確な引用だ

ということになろう。が、本当にそうだろうか?

実際、金子氏の発言はこうだ。

twitter.com

ポイントを分解して、発言の趣旨を明確にしてみましょ。

  1. このツイートは「戦争屋」に関する話題である
  2. 北朝鮮の軍事政権がミサイルを飛ばした
  3. 安倍総理は森友・加計の腐敗を隠そうとして、その目的のために北朝鮮を煽っている。
  4. 安倍総理は疑惑だらけのトランプをけしかけ武器を買っている。
  5. 安倍総理はNPT批准拒否のインドにまで核技術を輸出する
  6. 安倍総理改憲を目指しているが故に、その目的を達成するために、北朝鮮を煽ってわざと日本をターゲットにさせているのではないか。
  7. そうやって戦時体制にすることで、改憲を進めようとしているのではないか

文言は補っているが、特に発言意図・趣旨を捻じ曲げてはいないと思うがどうだろうか?

 

でこれを見れば、3で「北朝鮮を煽っているのは安倍総理だ」と明確に言い、6においては「日本が北朝鮮に狙われるのは安倍総理北朝鮮を煽った結果だ(と強く疑う)」と言っている。

そうやって北朝鮮を煽る理由は「森友・加計の腐敗を隠そうとして」(3で言及)と「戦時体制を作り出すことで、改憲をスムーズに進めるため」(6,7で言及)とも書いている。

さらに言えば3の「安倍総理北朝鮮を煽っている」の具体的内容が、4,5なんだろう。

だからこそ「北朝鮮の軍事政権のみならず、安倍も戦争屋だ」(1で言及)という主張になるのだ。

 

詳細かつ正確な日本語解釈をして、金子氏のツイートを整理すれば

  • 安倍は、トランプから武器を買ったり、インドに核技術を輸出したりして、北朝鮮を煽っている。
  • なぜ煽るかと言えば「森友・加計の腐敗を隠したい」のと「戦時体制を作ることで改憲を進めたい」からだ。
  • そのために、安倍は日本を北朝鮮のターゲットにしたいと考えている(と私は強く疑う)
  • そんな安倍も北朝鮮の軍事政権同様に戦争屋だ

となる。

で、どこが

「安倍首相のせい」という文言は見当たらなかった」

って(爆笑)?

 

いや、確かに直接的に「安倍首相のせい」なんて書いてませんよ。けど、内容としては明確に「北朝鮮がミサイルを撃つのは安倍のせいだ」って趣旨のことを言ってるじゃない。こんな「『安倍首相のせい』なんて言ってない、何時何分何秒、地球が何回回った時に言った」なんて小学生みたいなロジック、いい大人が使うのは恥ずかしいですよ(笑)。

 

それとも本気で論旨が読み取れなかったのかなぁ。でも仮にも物書きが「論旨」「趣旨」という概念を理解していないとしたら、馬鹿の誹りを免れないでしょう? こういう「筆者の論旨を抜き出せ」って、日本の受験国語では当然に学ぶ思考手順なんだけど、この楊井人文氏というのは、そういう日本の国語教育を受けられていないんでしょうかねぇ。ま、それはそれで悪い事じゃないですが。

 

いずれにしても、こんな程度の日本語読解力で「著しく不正確な引用」をドヤ顔で語るのは、ちょっと恥ずかしいかも知れませんね。

 

ちなみに逆に、与党自民党の発言については、もはや捏造と言っていいくらいの、もっと酷い「要約」がまかり通っているわけですが、この楊井人文氏は、その時も「不正確な要約をする毎日新聞朝日新聞はけしからん!!」と怒ったんですよね?確認はしてませんが(笑)。

山尾志桜里の最大の功績は、誰が馬鹿かをあぶりだすリトマス試験紙だったこと

 

山尾志桜里が不倫問題で辞任した。まぁ、自業自得としか言いようがない。

私はハッキリ言って、金銭面で多少問題があろうと、それを超える成果を出してくれれば関係ないと思っているし、まして異性関係など政治家の資質には(基本的に)関係ないという主義だ。政治家は政治で成果を出し、国民を幸せにすれば良いのであって、金やプライベートがどうだろうと興味もない。

だが、以下の記事が指摘する通り

 

headlines.yahoo.co.jp

山尾志桜里は、政治資金問題にしても、不倫問題にしても、厳しく他人を追求していた側だ。他人が問題を起こした時「そんな問題を起こすヤツは議員を辞めろ。ちゃんと説明責任を果たせ」と叫んだのであれば、自分が同じ問題を起こしたら、自分にもその論理を適用するべきだろう。他人に厳しく自分に甘いダブルスタンダードなど許されるわけもない。

 

そんな当たり前のことに気づかず、山尾議員を擁護する人間は、ハッキリ言って馬鹿であることを自ら立証していると言って良いだろう。彼女を擁護するかしないかは、馬鹿であるかのリトマス試験紙のようなもの。ある意味、山尾議員の最大の功績は、誰が馬鹿かをチェックする試験紙を残したことかもしれない(笑)

 

さてハイヒールリンゴ氏の記事は

headlines.yahoo.co.jp

一般論としては分かる。だが、ならばなぜ、それを自民党議員が問題を起こした時に言わなかったのか、ということだ。

 

そして「優秀な議員であれば、不倫しても問題視するな」という意図の発言ではあるけど、では「無能な議員は不倫はダメなのか?」となる。別に優秀だろうが無能だろうが、プライベートな恋愛関係・肉体関係など、どーでも良いんじゃない(笑)? その辺りの考えの浅さも見て取れる。

 

ただ、そんな話は些末なツッコミで、重要なのは「山尾議員って本当に優秀なのか?」ということだ。確かに彼女の業績を詳細に知っているわけではないけれど、多くの人の印象は

  • 他の議員の政治資金問題を糾弾する。しかし直後に自らの政治資金にも疑惑が見つかり言い逃れと逆ギレに終始する
  • 他の議員の不倫問題を糾弾する。しかし直後に自らの不倫疑惑が見つかり言い逃れと逆ギレに終始する
  • 待機児童の問題を鋭く追及する。が、それは単に他人のブログを引用して騒いだだけで、特に彼女の独自な視点があるでもないし、明確な成果(待機児童問題の改善)を取ってきたわけでもない。取れたのは流行語大賞だけ。
  • 挙句、自らの不倫問題によって「不倫してて子育てできないから保育園が欲しかったのか」と揶揄され、待機児童問題の改善に悪影響を与える

ではなかろうか(笑)。これのどこが「優秀な議員」だろうか。むしろ無能そのものではないか(笑)。

 

上で「基本的には」不倫は政治家の資質に関係ないと書いたが、例外的に問題になるのは、この4点目なのだ。育休の宮崎議員の問題もそうだが、やはり「家族・家庭に関わる政策」を主たるフィールドとして活動する議員は、家族・家庭に関わる不祥事は起こしてはならないのだ。

それは、推進している政策や、その政策に関わっている人達を貶めることになるから。つまり政治的な裏切りだからだ。

せめて「俺は不倫もするし、妻も泣かすし、育児なんかしないけど、それはそれとして、育児する人を応援するよ。俺にはその政策能力があるから」というように、自分の立場を明確にするべきなのだ。

仮に、そこで「俺も育児で困ってる当事者だ」と困っている人に寄り添ったフリをして、その人達の「アイコン」になり、けどそれが嘘だとバレた時は、困っている人達もダメージを食らう。現に宮崎議員の時は「育休取る男が全員不倫してるとは思わんが、まぁ裏で何してるか分からんよな」的な揶揄が広まった。宮崎議員は育休推進の足を大いに引っ張った。

 

その意味でも、ドヤ顔で「待機児童問題改善」を叫び、活動のアイコンになっていた人が、不倫問題でミソをつけるというのは、関係者にとっては迷惑でしかないだろう。そういう点も考えた時、本当に彼女を「有能だ」なんて思えるだろうか?

 

その意味でも、彼女の存在はリトマス試験紙なのである。

 

 

 

 

「島根に落ちても意味ない」発言の問題は、敢えて言えば「平和ボケ」

「島根に落ちても意味ない」という発言が問題になっている。が、発言者よりも、相変わらずのマスコミの馬鹿っぷりが笑える状況である(笑)。マスコミ自体も、この発言の何が問題なのか理解していないからだ。

headlines.yahoo.co.jp

基本的に私は竹下氏の発言が問題だとは一切思っていない。

竹下氏の言うように、一般的に軍事攻撃の目標としては、軍関係の施設であるとか、大都市とかを狙った方が効果が高い。その意味で竹下氏の発言は、至極普通で真っ当だ。

 

ただ「敢えて」問題点を挙げるなら、若干「平和ボケ」とは言えるかもしれない。なぜなら、島根にも軍事攻撃の目標に成り得る理由があるからだ。

 

考えてみるがいい。北朝鮮は、軍事施設もない、都市でもない「海」にミサイルを落として、軍事的脅迫の成果を得ているではないか。つまり「一見、何もない場所」が、軍事的脅迫のターゲットになることはあるのだ。

 

仮に、日本の軍事施設や都市にミサイルを落とせば、その時点で即戦争になる。北朝鮮が狙う「脅迫」のフェーズを一気に飛び越え、自国に攻撃が迫るのは確実だ。

だとすれば「次は都市や軍事施設を狙うぞ」「我々はいつでもそこにミサイルを落とせるぞ」という示威行為のため、島根を狙うというストーリーは特に荒唐無稽でもないだろう。

 

もちろん島根でも人のいる場所を狙えば、日米が戦争を選択することはあるかもしれない。だが無人島ならどうか。北朝鮮が「海」を使った脅迫の効き目に限界を感じた場合、例えば島根県無人島をピンポイントで狙うという作戦を取ることは想定しておくべきだ。北朝鮮からすれば、「我々はピンポイントで島を狙える攻撃精度を持っている」「次は日本の都市かもしれない」という強迫が使えるからだ。

 

ということで、竹下氏の見解は「甘い」「平和ボケ」だという非難は有り得る。だが、竹下氏の見解だって一つの妥当な意見であり「問題発言」というようなものでもない。

 

そもそも、当初報じた読売新聞に至っては「都市部へのミサイル落下を容認したかのような発言で問題」とか書いていたようだ(爆笑)。この発言のどこをどう曲解したら、そのように受け取れるのか。日本人ではない人間が記事を書いているなら仕方がないが、もし日本人なら幼稚園から国語の勉強をやりなおした方がいい(笑)。

 

ちなみに、ついでに言えば、これって「島根みたいなショボい県にミサイルを撃ち込む価値もない」って言ってるようなものなので、島根の人たちにそれを言って大丈夫なのかって部分もあるが、それは別問題(笑)。

牛乳石鹸のCMに反発する人は、イジメられている子も見捨てる子育てをするのだろう

話題になっている牛乳石鹸のCM。

反発している人がいるとのことだが、そういう人達が親になったら、「自分さえ幸せであれば良く、周囲の不幸は平然と見逃して良し」とする子育てをするのだろう(笑)。

 

今回、主人公は、敢えて自分の家族を待たせて、傷ついた部下(仲間)を慰めるという道を選んだ。それを批判するということは「仲間の不幸」は「家族の幸せ」と比べて、常に優先順位を低く扱わなければいけないと子供に教えるに等しい。

当然子供は、仲間の不幸(例えばイジメとか)を平然と無視して、自己の幸せのみを優先するような子供に育つことだろうさ(笑)。

 

ただ、問題の本質はそこではない。

 

物事の「正しさ」なんて、唯一に決められるものではない。

そもそも「正しさ」なんて、実は事前には分からず、後から見返して分かるものかもしれない。

挙句、事前に「正しさ」が分かっていたところで、なかなかその通りに行動できないのが人間というものだ。

 

確かに今回の主人公の「仲間を優先する」という選択が、絶対的に正しかったわけではない。かと言って、絶対的に間違っていたわけでもないだろう。子供も、自分よりも仲間を思った父親を、将来誇りに思う日も来るかもしれない。

 

それを自分の価値観にのみ照らし合わせて「正しくない」とヒステリックに喚くことに、何の意味があるだろうか?

 

なかなか見通せない「正しさ」、そして無数にある「正しさ」の中から、人は日々選択を重ねるしかない。だけど選択してみたところで、それが本当に「正しかったか」と自問し悶々とするばかりだ。下手をすると「間違っている」と気づいてしまうこともある。

 

そんな不器用な毎日を「間違っている!!」とヒステリックに叫ぶのではなく、「最善は尽くした」と許そう…というのが、牛乳石鹸のCMの意図であろう。その「寛容さ」が「洗い流そう」というキャッチコピーが象徴するところなのではないか。まさに現代に流れる「絶対的正しさがあるという妄想」や「正しさのみ信奉する姿勢」「誤りに対する不寛容」に対するアンチテーゼということだ。

 

その意味では、CMやCMの描く世界に対する不寛容な反応は、制作者側としては「そういう態度こそが、問題なんだよ」という気持ちだろう。

 

ポリティカルコレクトネスへの懐疑という点では、この方の意見が鋭い(というか、この方はいつも鋭くて勉強になる意見を書かれる大先輩だ)

fujipon.hatenablog.com

また、この方の意見も「男性像についての不寛容」という点での指摘はするどい。最後の段落で、不寛容な見解に堕しているのが残念だが。批判が飛び火するのを恐れて日和ったのか、そもそも実は筆者も不寛容なのか、分からないけれども。

wezz-y.com

女性に対しては「女は家を守るべきだ」なんて言ったら批判されるし、逆に「女も男と同等に働け」と言っても多様性を盾に批判される。が、男性に関しては「今、正しいとされる男性像を演じることが正しいのか」と疑問を呈しただけで叩かれる。ヒステリックで異常だ。

 

繰り返すが、正しい父親像なんて一つではない。昔の父親像は今の父親像からしたら「間違い」かもしれないが、別にそれで尊敬されてないわけでもない。子供に迎合して甘やかすことが正しい子育てでもないだろう。「約束を破ることは正しくないけれど、仲間を守ることは正しい」という観点もあるかもしれない。

 

絶対的唯一の正しさがあるなんて妄想を振りかざし、それに合わないものを否定する不寛容を止めよう。そんな意欲的なCMを批判する人は、牛乳石鹸に洗い流してもらうがいい。

都民ファーストのアンケート回答拒否には一定の合理性はある

毎日新聞のアンケートに対して、都民ファーストの会が事実上の回答拒否をした、しかも党上層部からの指示が見られる」というニュースが話題になっている。このタイトルだけ見ると「情報公開といいながら、自由に発言できる雰囲気がないのか」と判断してしまうが、果たしてそうだろうか?

https://mainichi.jp/articles/20170806/k00/00m/040/132000c

記事の内容を読むと、回答拒否となった質問は「安倍内閣の評価」や「憲法改正の是非」など、国政に関するもののようだ。

 

しかし、都民ファーストは急ごしらえの新党であり、しかも地方政治を担うために集められた人達だ。現状の党の立ち位置を考えれば、議員の「都政に関する意思統一」は必要だろうが、「国政に関する意思統一」は優先順位は低い。党を急ごしらえする中で、その意思統一が後回しにされても、特に不思議はない。

 

その状況で、国政アンケートに自由に回答したらどうなるか。当然、都民ファーストの候補の回答は、見事にバラバラになる。すると、毎日新聞のようなクソマスコミは、こう書くに決まってる。「都民ファーストは意見の異なる者の寄せ集め。既に内部の意思統一は崩壊」などと(笑)。そして、けして「都民ファーストは(現状では)地方議会の政党だから、国政の意見が分かれていても支障はない」とは書かないのだ。

 

結局、世の中に「自由に発言できない雰囲気」を作っているのは、発言を歪曲して報道する毎日・朝日といったクソマスコミの存在も一つの原因なのである。けして政府が~とかある党の方針が~とかだけではないのだ。自分の発言を「歪曲し揚げ足取りをしよう」と手ぐすねを引いている相手と会話などできるわけがない。

 

もちろん、全く問題がないわけではない。

都民ファーストの中で、比較的自由に発言し発信力もある元「かがやけ~」の議員たちが党内で干されている状況もある。

また「回答拒否」に合理性はあるにしても、それを各議員が自発的に発想しているのではなく、党上層部から「こうするのがベストだよ」と教えられて行動している点も問題だ。ポスターや選挙公報でも問題になったが、自分の意見・独自性を持たず、ただ党からの資料をコピペするだけの自立意思のない議員も情けない限りだ。

 

その意味で、都民ファーストには期待できない感は満載なのだけど、それ以上に、存在が社会の害悪である毎日新聞のアンケートでは、仕方のないことだとも言えよう。

灘校の歴史教科書問題は、単なる同族嫌悪に過ぎない

以下のようなツイートが話題になっている。

twitter.com

確かに圧力としては不当であり、それに戦う校長は立派だ。だが、書いてある内容が、賛美する程立派だろうか?

この問題を簡単に言えば、「慰安婦問題で韓国の主張に迎合するような左翼的色合いの教科書を採択したら、右翼勢力から攻撃されたから戦った」ということ。これは無条件で立派なのだが、問題はその後だ。

歴史家の保坂正康氏の『昭和史のかたち』( 岩波新書) を読んだ。その第二章は「昭和史と正方形̶ ̶ 日本型ファシズムの原型̶ ̶ 」というタイトルで、要約すると次のようなことである。

ファシズムの権力構造はこの正方形の枠内に、国民をなんとしても閉じこめてここから出さないように試みる。そして国家は四つの各辺に、「情報の一元化」「教育の国家主義化」「弾圧立法の制定と拡大解釈」「官民挙げての暴力」を置いて固めていく。そうすると国民は檻に入ったような状態になる。国家は四辺をさらに小さくして、その正方形の面積をより狭くしていこうと試みるのである。

保坂正康氏の論評を引き合いに、現代の日本政府や右翼勢力日本会議も含む)が、国民をコントロールしようとしているのではないかと問題提起する。

 

いやいや、ちょっと待ちなさいって(笑)。

日本政府や右翼のような一部勢力がそれをできるのであれば、他国の政府や左翼勢力だって、同じことをできる可能性はあるよね?

どうも灘校の校長は、そこまで頭が回らなかったのか、あるいは意図的に無視をしているのか、だ。

 

この問題で右翼勢力がやっていることは、右翼勢力が普段批判している左翼勢力の行動と何も変わらない。徒党を組んで騒乱を起こし、自分と異なる主張をすることすら潰そうとする。一橋大学の学園祭で、百田尚樹氏の講演会が中止になった問題があったが、あれも左翼的な人たちの騒乱的嫌がらせが原因とみられている。

自分が誤りと思う見解に対して、相手にその見解をしゃべらせたうえで、反対の見解を主張するのは良い。だが最初から相手に見解をしゃべらせないようにするのは、ある種の暴力による支配だ。結局、右翼勢力も左翼勢力も、やっていることは同レベルなのだ。

 

同様に、この校長が指摘する「国家のファシズム化」だって、右も左も似たようなものだよね、と指摘しなければ偏向したチープな見解と言われても仕方があるまい。

 

「情報の一元化」は、左翼系マスコミの「報道しない自由」を都合よく行使する姿勢にも表れている。校長氏は「政府による新聞やテレビ放送への圧力が顕在的な問題となっている」しか見えていないようだが。

「教育の国家主義化」だって、「左翼的教科書は、中国・韓国が教えたい歴史観を刷り込むもの」と捉えるのであれば一種の「外国による」国家主義化だ。校長氏は「政治主導の教育改革が強引に進められている中、今回のように学校教育に対して有形無形の圧力がかかっている」としか見ていないようだが。

「弾圧立法の制定と拡大解釈」という点では、さすがに外国勢力が都合よく日本の法律を制定することはできないにしても、「外国勢力に都合の悪い法律の成立を妨害する」という形で影響力を行使することはできる。校長氏は「安保法制に関する憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律が取り沙汰されている」としか見れていないようだが。

「官民挙げての暴力」については上に指摘した通りで、ヘイトスピーチや騒乱による威力誇示で、異論者を委縮させようとしているのは右も左も同じだ。

 

どうも灘校の校長氏は「政府権力による情報弾圧」しか頭にないようだが、こうしてみると「マスコミによる情報弾圧」や、その背後にある「外国勢力による情報弾圧」だって同じように見え隠れしている。

 

この問題を正しく認識するのであれば、政府や右翼勢力がどうこうではなく、「我々は、様々な勢力の思惑に歪められた情報戦の中にいる」と考えるべきなのだ。それが「書いてある内容が、賛美する程立派だろうか?」「チープな見解」と評価する理由だ。

 

ちなみに教科書については、例え左翼的であろうと、検定を通った教科書を採択するのに問題はない。その教材を使ったからって、左翼的な教育が為されると決まるわけでもないし、左翼的な教育をされたからって生徒がそれに染まるわけでもない。

だいたい、こういう高偏差値校の生徒というのは、教師の言うことを疑ってかかるのが好きなのだ(だから高偏差値にもなるし、エリートにもなる)。だから本物の灘校OBであれば「左翼的な教育をしたら、生徒が左翼的になるだろ」なんて言わないし、そんな主張は鼻で笑うだろう(笑)。

今頃、灘校の生徒は、この校長が英雄のように扱われるのを、鼻で笑っているかもしれない。