ニュース観察

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マスコミはテロリストとして滅ぼされる道を選ぶのか、それとも日本が壊滅するか

収束しそうで収束しない馬鹿な加計学園の問題。

マスコミが必死で火をつけて回っている。そして馬鹿な民衆(民衆のうち馬鹿な連中の意味)が、未だに踊らされている。

加計学園ありきの安倍首相が疑念を生んでいる」なのではなく、「疑念ありきの野党・マスコミが疑念を捏造している」が真理であることに、いい加減気づいて欲しい。

 

snjpn.net

 

まだ野党がやるのは分からないでもない。だが、マスコミが疑惑を捏造し、世論を操作し、社会を支配することを許したら、日本は絶対に暗黒の時代に突入する。

 

マスコミは選挙などで民衆の信託を得ているわけでもない。ごく少数の人の思惑で動かせる組織だ。ある意味、この世で一番の独裁権力がマスコミであることを、我々はまず強く心に刻むべきだ。政治家の独裁は我々が選挙で何とかできる。しかしマスコミの独裁は、我々が賢くならなければ回避できない。

 

マスコミの独裁と、それに踊らされる愚かな民衆が、世の中を狂わせた時代が現実にあった。それが太平洋戦争の時代だ。八幡和郎氏が鋭くそれを指摘している。

headlines.yahoo.co.jp

太平洋戦争は「一部軍部の暴走が原因」ということにされているが、現実はそうではない。「一部軍部」を、朝日新聞をはじめとするマスコミが協力にバックアップし、戦意を煽り、それに踊らされた馬鹿民衆がますますマスコミと軍部に権力を与えたから…というのが正しい。その中で朝日新聞は大幅に部数を伸ばした。

 

以前にも書いた通り、安倍総理は意見の分かれる問題、今まで政治家たちが逃げ回っていた問題に、果敢に取り組んでいる。その心意気は評価されて良いとは思うが、安倍総理の意見・見解まですべて支持するべきというものでもない。当然、安倍総理を信用できない人がいるのは自然なことだ。

 

だが、だからといって、ここでマスコミの独裁に手を貸してしまえば、日本は間違いなく破滅する。マスコミが自分達に都合の良い人間、悪い人間を選別し、都合の良い人間を英雄に祭り上げ、都合の悪い人間を消しにかかる。これはまさに、テロリストの方法論と同じだ。爆弾や銃ではなく、文字を弾にしたテロの中に、我々は存在しているのだ。

 

加計学園の問題は、マスコミという言論テロリストから、正義を守る戦いだと言っていい。全ての問題で安倍総理が正しい、マスコミが間違っている等と言うつもりはない。安倍総理を支持しなくても良い。しかし加計学園の問題に限って言えば、これは100%絶対にマスコミのテロだ。

 

安倍総理が信用できないからと言って、「敵の敵は味方」とテロリストを支持したら、後に困るのは我々自身である。憲法の問題にせよ、経済の問題にせよ、安全保障の問題にせよ、支持しない部分があるなら、正々堂々と「不支持」を表明して戦えば良い。テロに加担してはダメだ。

 

そして、仮にマスコミのテロが成功したとして、後に訪れる時代は、けしてマスコミの安泰を約束はしないだろう。テロに支援されてできた政権など、マスコミが不要となれば、マスコミをテロリストとして滅ぼしにかかるのは目に見えている。

 

かと言って、このようなテロを続けて、安倍総理が勝ったとしたら、安倍総理だってマスコミをテロリストとして潰しかねない。というか安倍総理が何かする以前に、もはや民衆はマスコミを信用せず、マスコミを社会的に抹殺する状況だろう。

 

こんな疑惑の捏造によるテロを続けたところで、マスコミにも何も良いことはないのだ。

 

マスコミはテロリストとして滅ぼされる道を選ぶのか。それとも日本全体として壊滅するか。それを防げるかどうかは、マスコミの、そして我々全員の知性と良識にかかっている。

まだやってるのか毎日馬鹿新聞

まだしつこく毎日新聞が馬鹿を振りまいてる。

 

こんなもの、突然決まるわけじゃなし、数か月前に業界団体に「こんな方向で行くので理解してくれ」ってリーク的な打診が内々にあっても不思議はない。むしろ日本じゃそれが普通だ。

 

で、この毎日馬鹿新聞は、そういう打診をしなかったらしなかったで「業界団体に一切の事前の話もないまま話が決まるのは不自然だ。密室政治で怪しい」とか言い出すんだよ。

 

ってか、ついさっきまで「業界団体に何の相談もなく決まったから怪しい」的なプロットで政権を責めてたんじゃないのか? 自分で自分の論拠を潰してどうする。

ホント、毎日新聞は反社会勢力だな。一刻も早く潰して欲しい。

headlines.yahoo.co.jp

「不謹慎!!」社会が、世の中を窮屈にする

このドッキリを実際にみたわけではないが、コレ、ここまで目くじらを立てることだろうか?

news.livedoor.com

 

少なくとも「これだけ冤罪が問題になっている」ということを根拠にするのであれば、逆に、今回のドッキリは賞賛されなくてはならないはずだ。

「誰もが濡れ衣を着せられるリスクを背負っている」からこそ、その時に人がどう行動してしまうのか見るというのは、人間を知り、己を知る上で、非常に役立つ。つまり強い社会的な意義を持つではないか。それは「万引きを目撃した」というシチュエーションでは、絶対に理解することができない。

確かに、笑える内容ではなかったかもしれないし、不快になる部分もあるとは思うが、ドッキリに「人間の本質をえぐりだす」という価値を見出すのであれば、十分アリではないかと思うが。

 

どうも最近は「あれはケシカラン、これもダメ、こっちは不快だ」と、何に関しても文句をつけるのが流行りのようになっている。しかも、意見を表明するだけなら良いのだが、その意見を周囲に認めさせようという努力に走る人が多すぎる気がする。それが、社会の多様性を失わせ、ますます硬直した社会を生み出す原因になっているというのに。

加計学園の件を問題だと思うような輩からは選挙権をはく奪せよ

本当に下らない加計学園の問題。

経緯をキチンと検証すれば、こんな話に不正を疑う余地などない。

少なくとも贈収賄が発見されていない現状で不正を疑う余地はないし、将来贈収賄が発見される可能性もほぼゼロだろう(それは論理的に説明できる。今は省略するが)。

これに不正や疑惑を感じる人は、安倍嫌いで目が曇っているか、政治や社会を読み解くセンスが致命的に欠如しているかのどちらかだ。

 

別に安倍総理を嫌いでも構わない。安倍嫌いが道理を欠くとも思わない。

安倍総理は意見の分かれる問題、今まで政治家たちが逃げ回っていた問題に、果敢に取り組んでいる。私はその心意気を高く評価するし、日本国民は高く評価するのが道理だと信ずるけれども、それと安倍総理の意見に賛同できるかは別問題だ。だから安倍嫌い自体を否定するつもりはない。

 

だが、いくらなんでも、この加計学園の件で国政を停滞させるというのは国家運営に対するテロであり、国民に対する裏切りだ。

あるいは本件で「疑惑」を感じるとか、見識不足も甚だしい。

 

そういう連中からは、即刻、選挙権をはく奪するべきだ。

安倍総理に反対するからではない。選挙権という権利は、「政治や社会問題に対して見識を磨く」という義務とセットであると考えるからだ。見識を磨く義務を怠っている人間に、権利を与える必要はない。

 

日本の政治を取り巻く状況は益々厳しくなっている。国内にも課題は山積みだ。国際政策を見ても、中国・北朝鮮・ロシア・韓国との対立もある。アメリカ・イギリスは孤立主義を目指しているし、他のヨーロッパ諸国もどうなるか分からん。テロも頻発している。イスラムはテロの問題を扱いきれないどころか、イスラム国家同士で対立している。

 

今、世界は非常に舵取りが難しい時代にある。そういう時こそ、有権者には見識を磨くことが求められるのだ。そうでないと、国内問題で自滅したり、ロクデナシ国家に侵略をうけたり、逆に自分達の政府がロクデナシになって戦争を選択してしまったりする。

 

我々に求められている見識のハードルは高いのだ。

その高さに付いてこられないとか、高いハードルが存在していることに気づきもしないとか、そういう人間は選挙権なんか放棄するべきだ。

加計学園の件を問題だと思うような見識しか持たない人間に、政治に口を出す資格はない。

netgeek.biz

日本のマスコミがいかに無能か

都議選の結果が安倍政権へのNoだという見解には同意しかねるが、日本のマスコミがいかに無能な馬鹿揃いであるか看破している点で素晴らしい記事。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

メディアへの圧力として注目を集めました。しかし、こういった政権からの圧力という構図は、世界的に見ればどこにでもある“普通のこと”です。

 

ケイ氏は来日した際、日本人のジャーナリスト数人に話を聞いたそうです。彼らは「自由に記事を書くことができない」と訴えたそうですが、「では、政権はどうやってメディアに圧力を加えているのか?」と突っ込んで問うと、返ってくるのは「具体的にどうというわけではないけど、空気がね」という答え。さらに「では、書いたらどうですか?」とケイ氏が言うと、「う~ん…でもね、書けないんだ」と。これは私にも非常によくわかります。

日本では“場の空気”を重んずる文化があります。しかし、その空気は権力の側だけで勝手に作れるものではなく、メディアが作るものでもあります。

 

メディアが空気に支配されてしまうのは非常に危険な状況です。だからといって私は、日本のメディアはもっと権力と対立するべきだと言っているわけではありません。むしろ日本の新聞は、その社のイデオロギーの箱に収められていて、例えば左派の新聞ならば、安倍政権が「シロ」と言えば反射的に「クロ」と反論してしまう傾向があるように思います。

 

例えば朝日新聞は左寄り、読売新聞は右寄りといったイデオロギー的なスタンスは明確なのに記事のインパクトが少ないようにも思います。各紙の社説を読んでも、結びが「もっと議論が必要だ」とか「説明責任を果たしていない」といった、どちら側のスタンスでも言える内容で終わっていることが多い。

 

「トランプ100のウソ」では、大統領の発言を引用した後に、それがウソである根拠をひとつひとつ示しました。もし読者が「これは違う」と思えば反論できるわけです。「もっと議論を」だけでは、反論も生まれません。

 

なぜ、こうなるかは簡単で、少なくとも日本のマスコミにおいては

  • イデオロギーに即した「大衆を扇動したい方向」があり
  • したがって記事は結論ありきのものしか存在せず
  • しかし、その結論を論理的に導く能力はないので
  • 根拠を示して反論上等で結論を提示することはせず
  • 「議論が必要」とか曖昧な言葉で誤魔化しつつ、大衆を扇動しようとする

ということですな。

失言の捏造

相も変わらず、マスコミは失言の捏造に日々勤しんでいるようだ

 

headlines.yahoo.co.jp

意見交換会には住民ら27人が参加し、北朝鮮によるミサイル攻撃への対応について質問が出た。田中委員長は「小さな原子炉に落とす精度が(北朝鮮のミサイルに)あるのかよく分からない」と述べた後、「私だったら東京のど真ん中に落とした方がよっぽど良いと思う」と発言した。直後に「今のは冗談」と付け加えた。

どこが失言だろうか? 見解の中身は妥当かどうかはともかく、見解の根拠は極めて真っ当でしかない。

 

問題は、「私だったら東京のど真ん中に落とした方がよっぽど良いと思う」の「良い」とは「誰にとって」なのかということだ。もちろん文脈からしたら「北朝鮮にとって」以外あり得ない。そして「良い」とは善悪ではなく「効果的か」という意味以外にもあり得ない。

 

原発が狙われるのではないか」という住民の不安に対して「小さな原子炉を狙う目標精度があるか不明」という観点を示した上で、「原子炉を狙うくらいであれば、東京のど真ん中に落とした方が、北朝鮮にとっては効果的であるはずだ」という見解を示したに過ぎない。その理由は「ミサイルの目標精度が低くても、目標が大きい分、成功確率が高く、かつ人口密度なども考えれば、北朝鮮にとって攻撃効果が大きいから」である。

 

「果たして本当に北朝鮮が同じように考えるか」という点で「中身が妥当か」には検証の余地はあるかもしれない。しかし、見解を導くうえでは何ら奇をてらった部分はなく、全く順当な考察である。

 

そして、こういう場では、あるいは、この方の立場においては、様々な観点からどういう「有事」が起こるのか想定して対策するのが大事なのであり、その想定を多くの人で共有することが有事の時に役立つ。

 

ごく順当な有事想定を述べただけで「失言だ」と騒ぐのは、有事に対して思考停止せよ言っているのと同じで、極めて愚かだ。そして、マスコミというのは、常に愚かである。

 

ちなみに、この記事も毎日新聞であることを付け加えておきたい。

もはや毎日新聞は反社会勢力であると言っても過言ではないのではないか。

もはやマスコミの報道は全て嘘と疑って裏取りが必要かも知れない(中村あや氏の敗戦の弁について)

前の「安倍自民が負けたのか」という記事の中で

news-watcher.hatenablog.com

当の自民都議からも「国政の人達のせいで負けた」みたいな声が聞こえる

 

自民都議団も「自分達が信用がないから負けた」というより「国政の人達のミスで負けた」ということにした方が気分がいいだろう。 

と書いた。

当然、その時には中村あや氏が敗戦の弁として

報道で取り上げられていたような内容も含めて、脇が皆様、甘いなというふうに思いますね。

人を罵倒したりだとか、お金の問題であるとか、恋愛含め人間関係の問題であるとか。人の前に立って、有権者の、国民の代表として出ている人たちが、普通に考えてやらないだろうというようなことを、やってしまっている

と述べたと。そしてマスコミが

宮根誠司氏は「自民党国会議員の方へ対しての恨み節ではないか」と指摘。「私たち、なんにも悪いことしていないのに、国会議員の人たちがありえないことをするから私たち落ちちゃったんじゃないの、ということでしょ?」などと述べた

というプロットで報道していたことも頭にあった。もちろん中村氏だけを想定していたのではないが。

 

ところが、本人の釈明を聞いたら何のことはない。ただの捏造偏向報道だったようだ。

abematimes.com

 

”今の国政どう思うか”という質問の答えの中で”...党問わず公人なら国民の代表者としての意識をもたなければならない。...脇が甘い”と言っただけで敗因を押し付けたりしていません。 

「落選してどう思うか」という質問の回答として「国政の人の脇が甘い」というのと「今の国政どう思うか」という質問の回答として「国政の人の脇が甘い」と回答するのとでは、意味するところは全くことなる。

私はマスコミに対してはかなり疑り深い方だと思うが、それでもすっかり騙されてしまった。

 

もちろんこの状況では、この中村あや氏自身の反論や、それを報ずるマスコミも、どこまで信用できるか分かったものではない。

 

もはや、マスコミから知らされる情報は、全て嘘であることを疑って、自ら裏取りをしなくてはならない時代なのかもしれない。